興善院の宝篋印塔
明治3年に廃寺となった曹洞宗の寺跡で、3基の宝篋印塔があります。これは、墓塔・供養塔に使われる仏塔の一種で、日置周防守のものと伝えられます。周防守は、1492〜1538年頃の飫肥・櫛間領主である島津忠朝の家老でした。

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